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[映画] 次郎長三国志 第三部「次郎長と石松」(監督:マキノ雅弘)感想



 次郎長三国志では一番初めにスタッフロールが流れます。キャストの最初はもちろん主役なのですが、その次かさらに次くらいに毎回「広沢虎造」っていう名前が書いてあるんですよね。
 しかしその役名は「張子の虎三」。たまーに酒場で歌ってるくらいのちょい役です。なんでこんなに扱いデカイんだ、この人。
 そう思いながら、なんとなく察するものはありました。
 だってこの人の歌ってる「馬鹿は死ななきゃなおらない~♪」っていうメロディー、たぶん知ってる! なんとなく聞き覚えあるもの!

 調べてみると、ものすごく有名な浪曲師さんのようです。
 特に「馬鹿は死ななきゃなおらない~♪」のフレーズで有名な『次郎長外伝・石松代参』は昭和初期から第二次世界大戦後にかけてレコード、ラジオ、舞台で人気を呼び、映画出演も100本に及ぶとかなんとか……。
 百科事典に載ってたよ!

 この人がいたから森の石松……ひいては清水の次郎長のお話に人気が出たという感じでしょうか?
 最初に次郎長モノを有名にしたのは神田伯山という講釈師さんみたいですが、それを広沢虎造がアレンジして爆発的に広がったと。

 この神田伯山なる人物、生年が不明で没年が1873(明治6)年……。
 清水次郎長の没年は1893(明治26)年、享年73歳……。次郎長53歳のときに神田伯山が亡くなっているわけで。
 めちゃくちゃご本人存命中にネタとして使ってるじゃないですかー!
 わ、わからん。当時の感覚がわからん。
 明治6年じゃあまだ「アナタこんなふうに語られてますよ」って伝わることなかったのかな? 変なこと語ってたらシメられそうなもんだけど。
 むしろ瓦版と一緒くらいの感覚???
 ちなみに広沢虎造は1899(明治32)年―1964(昭和39)年の人でした。

 それにしても、国語事典の中には「馬鹿」の例文に「――は死ななきゃなおらない」って書いてあるものもあるんですけど、これ、古くからある慣用句とかじゃなくて、広沢虎造が出典ってことなんでしょうか??
 すごくない? ものすごくない? 後世の事典に残るキャッチフレーズ!

 ご存じ森の石松は
 腕が強くて 度胸が良くて
 生まれついてのお人好し
 それを世間じゃ馬鹿という
 馬鹿は死ななきゃなおらない


 ところで、私は清水の次郎長といえば「清水の次郎長」と「森の石松」しか知りませんでした。他の次郎長一家の名前なんて全然知らない。大政小政? ダレ? ってなもんです。
 「清水の次郎長」もヤクザの大親分さんらしい、ということしか知らない。しかしまぁ任侠の世界で有名になったんでしょう。でも「森の石松」がどうしてそんなに有名なのかさっぱりわからない。
 軽く調べてみても、歴史に残るような働きはしてないっぽい。
 となると浪曲で有名になったと考えるしかない。真田十勇士の中の猿飛佐助みたいなもんなのかなー? とは思ってもピンとこない。

 が、この次郎長三国志を見てわかりました。

 可愛いよ石松、可愛いよ!!! なんでそんなに可哀想なの!!!!

 石松は馬鹿っていうか……良いヤツすぎて、お人好しすぎて! だまされまくって、ただひたすらに可哀想ですっ!
 私は馬鹿がだまされる場合、結構その馬鹿さかげんにイライラする方なのですが、石松は単純というか純粋というか、人が良すぎてだまされるので、ホントもう……可哀想だよ! 可哀想だよぉ……っ!

 唯一の救いは作中人物にも「アンタ良い人ねぇ」って言われていること。これで馬鹿にされる一辺倒だったら目も当てられない。ちゃんと人格が評価されてて本当に良かった。
 でも「良い人」ってイコール「不憫」って感じだよねぇ!!!!
 石松可哀想だよぉ……。まぁその可哀想さが可愛くてたまりませんがね!!!(←病気)

 それにしても石松をだました追分三五郎、オマエは許さん!!!!!!
 でもね、石松は、カッと怒ってもすぐに許しちゃうんだよね……。そんで三五郎の面倒を親身になって見てやるんだよ。
 だからぁっ、それは不憫フラグだってばぁ……っ!
 もうこの先がものすごく不安です。「なんで石松すぐだまされてまうん?」状態になる予感!

 でもそんな石松だからこそ人気者になったのだと思いました。

 3巻はとにかく石松が良すぎてたまらんかったです!!!!


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