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[書籍] 老いの才覚(曽野綾子)感想



 ちょっと前に読みました、『老いの才覚』
 「人間誰しも老いてゆくもの、ならばどういった老い方をすべきか」といった内容の本です。
 こういう本は身につまされる年になってから読むのもいいですが、あらかじめ読んでおくのも貴重な箴言が得られていいと思います。

 具体的な内容は……。
 目次を書いた方がわかりやすいかな……と思ったんですが、なんと! 目次だけで6Pもあるじゃあないですか!
 めんどい! というわけで一部抜粋。

・老化度を測る目安は「くれない指数」
・基本的な苦悩がなくなった時代が、老いる力を弱くした
・他人に依存しないで自分の才覚で生きる
・「何をしてもらうか」ではなく、「何ができるか」を考える
・分相応、身の丈にあった生活をする



 ようするに「最近の年寄りは甘えてばかりでけしからん」「若い頃と同じようにできなくなったなら、できないなりに自分でなんとかする方法を考えろ」っていう感じですかね。

 ここで「それどこ情報? 全国の老齢者の統計とったの? その考え方を良しとする科学的根拠は?」とか思っちゃう人には向いてません。
 「私はこのように考えています」という本です。

 でもあながち馬鹿にできないと思いますよ。著者は80歳の老人です。知人も同年代が多いでしょう。そして戦前の年寄りの記憶もある。
 経験則というのは人に話すことができますね。
 例えば100歳の人が人生経験を80歳の娘に話す。80歳の娘は親の100年+自分の80年を60歳の息子に話す。息子は40歳の……。
 各々の人生の中で様々な人間と出会って蓄積したデータを連綿と受け継いでいく……となれば、多分に主観にまみれているとはいえ、それはもう一種の統計が一人の人間の中にあると言ってもいいのではないでしょうか。
 まぁ、主観次第でデータが全部大間違いなんですけど~。

 じゃあなんでそこまでしてフォローするかって?
 もちろん!
 著者の意見を読んで「それはあるのかもなぁ」って思ったからですよ!!!(大いばり)

 昔、「老人は老人扱いされて老人になる」という言葉を聞いたことがあります。
 ずーっと会社に人生を捧げてきた65歳の男性が、「まだ戦える!」と思っても定年退職するしかなくて、家で何をすればいいかもわからず、所在なげに散歩に出ていく……なんて、よく聞く話じゃないですか。
 その瞬間その人はかなり老け込んだのだと思います。会社の他に没頭できる趣味があればいいんでしょうけど。
 その趣味も、年を取ったら思うように体が動かず、引退するしかなくなったとしましょう。
 体が不自由だと色んな人が気遣ってくれます。「あれしましょうか?」「これしましょうか?」
 断りにくいケースもあります。厚意を受け入れているうちに、体も心も楽な方に流れていくでしょう。
 気がついたらどんどん足がなまっていき、やがて寝たきり。認知症の足音がひたひたと近づいてくる……。
 なんてこともあるかもしれない。
 でもどこかで、「このくらいのことならできる! やりたい!」「よし、新しい趣味を見つけるぞぉ~!」等々思えたら全然違ってくるはず。
 どんな逆境でも考え方次第。

 そう思えるような物の考え方を身に付けるには?

 もしかしたら、この本が叱咤激励してくれるかもしれません。そんなふうに思いました。
 

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